海外の医療体制について
日本と海外の医療体制の違い
このページでは、日本人患者が理解すべき、海外と我が国の医療機関のシステムや、医師の立場の違いについて述べてみたいと思います。まずは、公立病院と私立病院の違いについて
医療へのアクセスという点を考えると、我が国は他のどの国よりも簡単に医療機関を受診することが出来ると言えます。
患者は、公立病院にかかるも、私立病院にかかるも、自身で自由に選択できますし、支払う医療費は、公立・私立ともほぼ同一で、提供される医療の質や水準も基本的には差がありません。
他方で諸外国はというと、G7諸国を除くほぼ全ての国の公立病院は、医師や看護師、また、薬剤が慢性的に不足しているうえ、検査機器等が十分ではないため、公立病院はいわば「低所得者専用病院」となっているのが実情。
公立病院は、十分な医療費を支払えない患者のために存在し、低所得の人々のために廉価または無料で診察をしてくれる公立の施設はあるものの、待合室は常に混んでいて、診察を受けられるのは数時間〜一日待ちという状況が当たり前になっています。衛生状態は良好とは言えないうえ、ほぼ無料で施される医療は、診察のみ。
医師は診断により処方箋を出しますが、薬剤は自己負担で購入せざるを得ないという現実も、またあるのです。
さらに、公立病院で働く医師の多くは、レジデント・ドクター(研修医)。果たしてどこまで信頼できるか不安になっても不思議ではありません。
このような公立病院の事情から、多くの患者は費用が掛かっても、私立病院を受診しています。
しかし、私立病院の医療費は、日本に比べてはるかに高額である国が多いことを忘れてはなりません。
「国公立病院=経験豊富な医師がいて、最先端の医療を提供してくれる」という医療文化は、我が国だけのものだとも言えるでしょう。
また、EUの先進国であるスペインでさえも、患者は公立病院においては医師を選べませんし、そもそも医師の数が不足しているため、かなりの待ち時間を要します。さらに、G7のメンバーであるイタリアやドイツでも、病院にかかるには、まず、かかりつけ医(家庭医)を訪ね、そのかかりつけ医から病院宛の紹介状を書いてもらう必要があるため、やはり診察開始までには、かなりの時間を要します。
このようにG7諸国でさえ、医療へのアクセスのしやすさは、我が国の比ではありません。
我が日本の、世界に突出した患者にやさしい医療制度は大変にありがたいと、諸外国の医療事情に触れる度に感じます。
我が国と諸外国の医師および医療機関の考え方の違い
まず医師ですが、諸外国の私立病院では、インドや韓国など数か国を除き、医師は「自営業者」という立場の下、病院内で「営業」をしているのです。これはどういうことかというと、医師は病院からサラリーを得る「勤務医」ではなく、病院と契約をして院内にクリニックを持ち、顧客である患者が訪れるのを待っている「個人事業主」であるということです。
一例として臓器移植を専門とする外科医。
彼らは病院に部屋代を支払って院内にクリニックを開設しています。
移植希望の患者が訪れると、ドナーの有無や既往症などを問診したのち、移植手術に必要な事前検査を指示します。
患者は指示された検査を病院内の検査部門や外部の検査専門ラボで行い、その結果を医師に届けます。この費用は検査施設に患者から直接支払われます。
また医師は最初に、移植手術やポストケア(予後管理)についての、医師の取り分(報酬)= プロフェッショナル・フィーを、患者と話し合って決めるのです。
経済的に豊かな患者には、応分の支払いを求め、そうではない患者とは、払えるだけの金額で契約をする医師もいれば、「他の医師をあたってくれ」と、引き受けない医師もいます。
これはちょうど、自由診療である日本の美容整形の施術代と似ていますね。
使用する免疫抑制剤の種類についても、何を使うか(薬価が異なるため)患者の懐具合により取り決めます。
(余談になりますが、この医師の取り分=プロフェッショナル・フィーについて患者と相談するのは、主として医師の秘書であり、医師本人ではないことが多いです。医師の報酬の源である販売価格を有利に決定するため、優秀な秘書は医師の右腕として、とても優遇されています)
つまり患者は、検査費用・入院費用等は医療機関(病院や専門検査機関)に支払い、これとは別に、医師と契約したプロフェッショナル・フィーを医師個人に対して支払うのです。
移植外科手術の場合、このプロフェッショナル・フィーには、手術室の利用料・薬剤代・麻酔医や関連する内科医の報酬、また、助手の外科医やナースの報酬も含まれるのが通常。
このような欧米の医療システムを、「オープンシステム」と呼びます。
病院は、営利目的の株式会社が建設・運営し、契約した医師からはテナント料を受け取って、その医師を訪れる患者のニーズに合った検査装置や手術室、あるいは入院の病室を提供して利益を上げます。
病院を建設して運営する資本家にしてみると、なるべく高名な医師にテナントとして入居してもらいたいものです。したがって、いわゆる高級病院には実績ある多くの高名な医師が入居することになりますが、大掛かりな検査設備を持たず、また、あまり快適ではない入院設備しか持たない病院には、高名な医師は入居したがりません。
わが国でも、都心に位置する一流デパートには、ルイヴィトンやエルメスなどの高級ブランドショップが入居していますが、一流とは言えないデパートには、このような高級店は入居していませんね。大雑把に言えば、このようにデパートの実態に似ています。
高級病院は様々な最新の検査機器を備え、また快適な入院環境を整えていますから、医師からは高額なテナント料を得られると同時に、患者が支払う検査費用や入院費用も高額なものになります。
このような事情で、高級病院にクリニックを開いている医師のプロフェッショナル・フィーも、やはり高額になる傾向があるようです。
わが国では「心臓手術なら〇〇病院が有名だ」と、患者は「病院」を選ぶのが一般的ですが、諸外国では「医師」を選んで、その医師が開業している病院を訪ねるのが通常の流れです。
オープンシステムの医療では「患者は医師を選ぶ権利があり、医師も患者を選ぶ権利がある」
ということが明文化されています。しかし日本ではそうではありませんね。
わが国では、「同一疾患同一診療報酬」の原則で、大きな病院でも小さな病院でも、医療費に大きな差異はありません。また医師についても、経験豊富な医師に掛かろうが、まだ若く、あまり経験のない医師に掛かろうが、支払う医療費は一緒。
しかしながら我が国でも、「〇〇教授先生に執刀してもらうには、〇〇万円を包まなければならない」などという、いわゆる袖の下がまかり通っていることも事実のようです。
平たく言うと欧米のオープンシステムは、この「袖の下」を患者に対して明らかにして、その医師の技量に応じた報酬をあらかじめ患者と取り決めているとも解釈できます。
盲腸の手術を、1万ドル払わないと引き受けない医師がいる一方、千ドルでも引き受ける医師がいるのも、諸外国の現実と言えます。
そして、私たち日本人にとっては珍しい働き方として、特にスペイン語圏の医師の多くは、午前中は公立病院で「勤務医」として働き、午後は「個人事業主」として私立病院内、または自らが経営するクリニックで働いています。
午前中と午後で「勤務医」と「個人事業主」という2つの顔をもって医療行為を行うという働き方は、我が国ではあまり目にすることがないワークスタイルでしょう。
海外で医療を受けるには、このような医療文化があることを理解することも大切でしょう。
余談になりますが、オープンシステムの下で働く医師と病院にとって、最も歓迎される患者は、十分な金額の「海外旅行医療保険」に加入して、事故や病気の治療のために訪れてくる患者。
保険金額の上限を超えなければ、保険会社から確実に入金があるため、患者はVIP待遇で治療を受けることが出来ます。
筆者もシンガポールで喉の痛みを感じ、市内の小さなENTクリニック(耳鼻咽喉科)を受診した経験がありますが、「このクレジットカード付帯の保険で」と申し出た途端に受付嬢の態度が一変し、特別待合室に通されました。その後、順番待ちの患者さんを飛び越えて最優先で受けた治療では、見たくもないのにファイバーカメラで自分の喉の状態を撮影した映像を目の前のモニターに映し出して見せられ、さらには、吸入器や様々な薬を処方された結果、お会計は何と日本円で約40万円でした。
ホテルの室内が極端に乾燥していたための喉の痛みであり、トローチか痛み止めだけがあれば十分な状況にあったにもかかわらず、明らかに過剰と思われる治療をされ、請求金額はおよそ40万円。筆者は十分に美味しい患者だったようです。
このように諸外国では、病院も医師も利益追求を第一として医療行為を提供しています。
一方わが国では、「医師は、依頼者の具体的要求に応じて、必要とされるサービスを提供し、そのことを通じて社会全体の利益のために尽すことを目的とする職業であり、その点において、私益追求を第一義的に掲げる企業活動やビジネスとは異なること」(医師法第一条の要約)と、医師の拝金主義に、一応の歯止めがかけられています。
さて、海外で臓器移植を考えている患者さんには、ここからが本題です。
諸外国のほとんどの医師は、「法律で禁じられていなければ、なんでも引き受ける」という現実があります。
何故なのでしょうか?
営利目的で医療行為を行っている彼らは、医師となって儲けるために高い授業料を支払って医学部に進み、難関である国家試験をパスして、公立病院で何年ものレジデント(インターン)生活を経て、ようやく独り立ちしたわけですから、売上を上げることこそに大きな心血を注いでいます。
また病院サイドも、臓器移植患者を受け入れることは、他の疾患の患者を受け入れるよりも、大きな利益を見込めるため、「法律違反でない限り」喜んで受け入れるのが現実。
わが国同様、医師が病院からサラリーを得ているインドなどの国々でも、病院の営業部隊は患者の獲得に日々心血を注いでおり、一般の事業会社のような営業活動を行っています。
すなわち、「心臓バイパス手術なら当院が最も経験豊富。パッケージ価格12,000ドル。米国の1/4」「糖尿病の根本治療なら当病院へ!外科手術のパッケージ一式18,000ドル。米国の1/3」などなど。
日本では考えられない宣伝ですね。
諸外国の医療機関と医師は、このようにして患者を集客し、法律に反さない限りどんな要求にも応じて利益追求を目指しているのが実情。また、どうしたら法を犯さずに利益を上げられるかも、日夜研究していることは言うまでもありません。
医療機関も医師も、また社会的にも「医療行為はビジネス=利益追求」と割り切って位置づけていますから、この点こそが、わが国の医療システムと他国のそれとの大きな違いであるということを理解することが極めて重要なのです。
ビジネスとして医療を提供している以上、私立病院は医療費を支払えない患者の診察は、当然のこととして拒否しますし、患者側も「お金がないから病院にはかかれない」と、納得せざるを得ない社会的な文化が存在しています。
このような人々の救済にあたっているのが、快適とは無縁の前述した公立の医療機関なのです。
2008年にWHO(世界保健機関)加盟各国により、「渡航移植の原則自粛」が批准され、インド・フィリピン・タイ・インドネシアなどの移植先進国で、罰則を伴う臓器移植法が施行されましたが、その施行前は、多くの国々で「移植ツーリズム」と銘打って外国人移植希望患者を募り、医療機関や医師が自国のドナーを用意した上で、非血縁者による生体腎移植が盛んに行われていた事実が、「法で禁じられていなければ、どんな医療行為も許される」と、ビジネスライクに割り切って移植医療が行われていた証ですし、2008年のWHOの勧告後の現在でも、複数の国の医療機関で、その国の臓器移植法を踏まえた上で、外国人の臓器移植希望患者を積極的に受け入れているという現実があります。
●私どもでは2021年をもって、海外で行われる腎移植の勧誘やあっせん行為を行っておりませんが、これから海外にて腎移植をお受けになることをお考えの方々には、過去例に基づいた的確なアドバイスを差し上げられると確信しておりますので、ご遠慮なくご相談ください。
我が国と諸外国の医療機関 ケア体制の違い
(1) わが国で腎臓病の患者さんが医療機関に入院すると、生野菜やバナナ等の高カリウム食が病院食として提供されることは、まずないでしょう。給食担当部門は、個々の患者さんの疾患の状態を医師と共有し、適切な内容の食事を提供してくれます。
しかし諸外国では、ここまで親切に対応してくれることは期待できません。
日本人にとっては驚くべきことに、腎臓病の患者にバナナやパイナップルなどが、日常的に提供されます。
「患者の疾患に合わせて何種類ものメニューを用意することは出来ないから、食べて良いか否かは患者が判断してください」という姿勢ですから、この点には特に注意が必要です。
また、同じ病院食の話として、日本の病院に入院すると、昼食であれ夕食であれ間違いなく入院当日から提供されますが、諸外国の病院は時として食事が出ないことがあります。
理由は、入院受付の事務方と給食を提供する担当部署との間で、情報の共有が有機的になされていないことが考えられます。ですから禁忌の食材以外にも、給食については、日本のようなきめ細かい対応を期待することは出来ません。
(2) 入院期間について
多くの諸外国では、「自宅で出来ることは自宅で」の基本方針により、外科手術前後の入院期間はわが国に比べて短いのが現実です。
臓器移植の場合も、事前検査は外来で行い、移植手術の2日ほど前になって入院するのが一般的な流れです。
そして早ければ術後3日目、遅くとも術後一週間で退院するのが通常の流れでしょう。
(3) 海外での透析について
透析療法開始前に腎移植を受ける患者さんは、術前の血液透析は不要ですが、すでに透析を開始している患者さんは、日本と同じように透析を受ける必要があります。
ところが透析の実態も、わが国とは大きく異なりますから、理解が必要です。
日本の透析クリニックでは、「あなたのドライウェイト(DW)はXX.xKgだから、今日はYY.yKg引きます」と、厳格に体重管理を行っていますね。
しかし諸外国では、そこまで親切・丁寧ではなく、何キロ引くかは患者の希望により決められるケースがほとんどですから、前述した病院食同様、多くの医療行為は患者の自己決定の下で行われるという点にも留意する必要があるでしょう。
透析クリニックによる体重管理も、日本人の目から見れば極めて???。
透析開始前に、体重計に乗る際の衣類についても患者次第です。ある人は、ジャケットを着たままだったり、またある人は、パンツ一枚だったり。日本ではありえない「自己責任で管理してね」の世界です。
さらに透析スケジュールについても、我が国とは大きな違いがあります。
日本ではほぼ例外なく、月・水・金または火・木・土の決められた曜日の決められた時間に患者が透析クリニックを訪れて透析を受けています。もしも決められた日に患者が無断で来院しないということがあれば、それは大問題。
クリニック側は大慌てで患者に連絡をしますし、もしも患者と連絡が取れなければ、あらかじめ登録されている近親者に連絡をして、患者の様子を訪ねるでしょう。
我が国では透析の医療費がほぼ無料ということもあり、スケジュールどおりに患者が来院しないということは、まず考えられません。
一方で海外はというと、誰でもが週に3日の透析を受けているわけではなく、ある患者は週に2日、また、ある患者は不定期で透析を受けているのが現実。理由は、透析の医療費が、ほぼ自己負担だからです。
ある患者は全額自己負担、また、ある患者は保険適用は受けられるものの、一部が自己負担であったり、加入している保険によっては、その患者の透析に関する生涯の支払い保険金に上限が設定されているため、その上限金額内でなるべく長期にわたって支給を受けようとして、定期的にクリニックに通わず、本当に体調が悪化して初めて透析を受けるケースも多いからです。
したがって海外の透析患者は、透析を受けようとする前日あたりに、次の透析希望日を電話等で伝え、その時点で空いているスロットを(例えば午前中や午後など)確認してからクリニックに来ます。
そして来院すると、まず最初にその日の透析費用を支払ったうえで治療を受けるというスタイル。
さらに言えば、我が国では毎回、新しいダイアライザーを当たり前に使用しますが、海外の患者は少しでも一回当たりの透析のコストを下げるため、ダイアライザーを5〜6回ほど使いまわすことも当たり前。ですからダイアライザーには、患者の名前と使用した日にちがマジックペンで書かれ、専用庫で保管されている様子が見て取れます。透析の都度、常に新しいダイアライザーを使う患者は多くはありません。
我が国では、透析治療を必要とする末期腎不全は「難病」認定されていて、ほぼ自己負担ゼロで透析が受けられていますが、昭和50年代までは我が国でも保険適用ではなかったため、経済的に豊かな患者以外は、末期腎不全イコール「死」という医療環境でした。
そして、経済成長に伴って社会が豊かに変化したことにより、主として糖尿病を原疾患とする腎不全患者が増加し続けた結果、透析患者の数は約34万人にも膨れ上がり、その増加のスピードにブレーキがかかりません。
そして現在の透析関連の医療費の総額は、およそ1兆6千億円にも上り、総医療費の約4%を占めるまでに増加しているのです。
単一の疾患の治療に支払われる医療費が、国の医療費の総額の4%をも占める疾患は、透析治療を要する末期腎不全だけではないでしょうか。
(4) 医療費について
例えば、ある疾患で入院して外科手術を受けたとします。
日本人の感覚だと、「医療費」には、入院費用・検査費用・手術費用・薬剤費用・給食費用など、入院から退院までに要する全ての費用が含まれると解釈しがちですが、ここは十分に確認が必要です。
医療機関が提供する「プラン」により、薬剤費用は別途請求、あるいは事前検査費用はパッケージに含まれない、また、給食費用は別途請求などという取り決めになっていることが往々にしてあるのが現実です。
この医療費については、医療機関が提案するプランには、「何が含まれていて何が含まれていないか」を慎重に確認しなくてはなりません。「こんなはずではなかった」と入院後に理解不足を嘆くことのないよう、医療通訳を通じて十分に理解を深めることが大切です。
私どもは経験豊富な医療通訳者として、日本と海外の間に立ちふさがる医療文化の違いが招く、誤解や思い違いが生じることのないよう、常に日本人患者サイドに立って通訳を行っていますから、ぜひご相談ください。
これらの情報が、渡航治療をを希望する患者さんの一助になれば幸です。