免疫抑制剤 その種類と開発の歴史について
概論
臓器移植を受けたあとは、拒絶反応を抑制するため、「免疫抑制剤」を服用することが求められます。この薬剤は処方薬ですから、一般の薬局やドラッグストアで入手できるものではありません。
それでは、なぜ免疫抑制剤の服用が欠かせないかを述べてみたいと思います。
皆さんは「拒絶反応」という言葉をお聞きになったことがあるでしょう。
読んで字のごとし、患者さんの体が移植された臓器を受け付けず「拒絶」する現象です。
それでは、なぜ「拒絶」してしまうのでしょうか。
それは人間(動物)に自然に備わっている「免疫反応」により現れるのです。
免疫システムは常に「自己」と「非自己」を監視していて、自分以外の細胞やウイルスが体内に入ると、それを「非自己」として体内から追い払おうとする免疫反応を起こします。
例えて言えば、花粉症の方は体内に花粉が入ると、くしゃみ・鼻水・涙が止まりませんね。
これも免疫反応が引き起こす症状です。鼻水やくしゃみ・涙によって、侵入した花粉を体外に排出しようと、体が自然と反応しているのです。
また細菌やウイルスにより、いわゆる風邪をひくと、その原因物質を殺そうとして体温が上昇します。免疫システムが細菌と戦う過程において体温を上昇させるのです。
さらに例えを挙げると、鮮度が悪く細菌が混入した食品を食べると、下痢をしますね。
この下痢は本人にとっては困った症状ではありますが、下痢は免疫システムが自己防衛のために起こしているのです。細菌を体外に排出しようとする現象ですから、原因と症状によっては下痢止めを使わず、すべての菌を排出させることを第一目標とする医師もいらっしゃるようです。
このように、人間(動物)が生まれながらに備え持つ免疫システムは、細菌やウイルスから身を守る非常に優れた能力ではありますが、せっかくチャンスを掴み、腎移植などの臓器移植を受けたものの、その臓器が「非自己」であると判断されて、免疫システムによって拒絶されると大事になってしまいます。
そこで、臓器移植手術においては、移植される他人の臓器を「非自己」あるいは「異物」と判断する免疫システムの能力を、あえて一定程度低く抑え込み、免疫システムに対し移植される臓器を「自己」と誤認させて、拒絶されないようにするために、免疫力を抑制する「免疫抑制剤」が用いられます。
では、免疫システムはどのようにして「自己」と「非自己」を見極めるのかといえば、ひと言でいうと HLA Tissue Typing (ヒト白血球抗原)の配列の違いを感知して「非自己」に対して攻撃を仕掛けるのですが、ここではその詳細は省きます。
ここで注意すべきことは、免疫抑制剤の血中濃度。
現在では優れた抑制剤の働きにより、重篤な拒絶反応に見舞われることは、ごく稀なこととはなりましたが、必要以上の免疫抑制剤を摂取すると、拒絶反応は発現しないものの、他のウイルスや細菌まで「自己」と判断する結果、重篤な感染症を引き起こしてしまいますし、また逆に免疫抑制剤の量が少なすぎると、移植された臓器を「非自己」と判断して攻撃を加えてしまう結果、拒絶反応に見舞われることになりますから、2〜3か月ごとに求められる通院において、免疫抑制剤の血中濃度が適切な値であることを医師に確認してもらうことが極めて重要な予後管理事項となります。
したがって、決められた診察日には必ず通院して、薬の血中濃度が適切であるか否かの診断を受けることが、極めて大切な予後管理となります。
(ただし血中濃度の測定を受ける日(通院日)は、免疫抑制剤を飲まずに検査を受けることが基本です)
免疫抑制剤の歴史
第1世代の免疫抑制剤
1961年に「アザチオプリン(商品名:イムラン」が、イギリスの製薬会社により合成される。免疫抑制医学の黎明期であった。現在主流となっている「タクロリムス」に比べ、免疫抑制能力は高くなく、逆に副作用の方が目立った。
このような環境下で臓器移植手術を行わざるを得なかったため、患者とドナーのHLA(ヒト白血球抗原)は、極めて高い一致性が求められた。
第2世代の免疫抑制剤
1969年に「シクロスポリン」が、ヨーロッパの土壌中から発見された真菌により合成された。免疫コントロールを司るT細胞の活性化を抑制させる仕組みであった。このシクロスポリンの登場により、それまでと比べて免疫抑制能力が高まったため、臓器移植が身近な医療となった。
しかしこの薬はサラダ油状の液体であり、市販されている栄養ドリンクの瓶の形状に似た容器に入っていて、患者は目盛りの付いた専用のスポイトで必要量を吸い上げて経口摂取していた。
液体であるが故の取り扱いの難しさに加え、摂取時における食事の内容やタイミングにより、体内への吸収にバラツキが生じ、理想的な血中濃度を常に維持することは簡単ではなかった。
また、免疫コントロールはこのシクロスポリンだけではなく、他のステロイド剤も併用する必要があったため、吸収率が胃の内容物により変化するということもあり、その処方は腎移植に精通した豊富な経験を持つ腎内科医のみにより行われていた。
のちに、シクロスポリン製剤ではあるものの、吸収のバラツキを抑えたカプセル状の「ネオーラル」が登場し、この時代の患者には福音となった。
シクロスポリン製剤の副作用としては、皮肉なことに腎毒性があり、外見的には多毛、ムーンフェイス(顔が腫れぼったくなる現象)、食欲不振などが報告されている。実際に当時の患者さんは、女性であっても胸毛が生えてきたりしたことを鮮明に記憶している。
第3世代の免疫抑制剤(現在に至る)
1984年に、「タクロリムス」が登場。藤沢薬品工業(現:アステラス製薬)の研究により、茨城県筑波山中の土壌中にある細菌が発見され、製剤に寄与した。開発コードネーム:FK506, 商品名「プログラフ」このタクロリムスは、正に「夢の免疫抑制剤」と呼ばれ、心臓移植・肝臓移植・肺移植も一気に活発化した。もちろん腎移植にも極めて有位な薬効を示し、現在の免疫抑制剤の主役として位置づけられている。
タクロリムスは、それまでのアザチオプリンやシクロスポリンとは異なり、全身の免疫を低下させることなく、ある種選択的に抑制効果を発揮するため、免疫抑制剤を服用することによる感染症の罹患は大幅に減少した。
また薬剤の形状が小さなカプセルであるため飲みやすく、かつ体内への吸収のバラツキが少ないことから、腎内科医のみならず、移植外科医でも処方が可能となった。
この発明なくして、現在の臓器移植医療は成り立たないといっても過言ではないほど、移植医療現場での第一選択肢となっている。
タクロリムスは、12時間おき(一日2回)の摂取が求められていたが、2008年には同じ成分を用いた徐放性薬剤の「グラセプター」も世に表れた。グラセプターは、一日一回の摂取で24時間薬効が持続する優れものである。
余談になるが、日本で発見された真菌(カビ)を基として、日本の製薬会社が製剤したタクロリムスが、日本の厚生省により使用認可が下りたのは1993年であった。わが国では中央薬事審議会の承認に多くの時間を要してしまったが、諸外国ではその数年も前からタクロリムスの安全性と薬効を認め、藤沢薬品工業から直接取り寄せる形で医療現場にて用いられてきた歴史がある。日本で開発された薬が海外の移植医療現場で、日本より先に使われだしたのである。
この薬の禁忌となる避けるべき食品は、グレープフルーツと、そのジュース。
タクロリムスを服用中にグレープフルーツまたは、そのジュースを摂取すると血中濃度が3倍にも上昇したとの海外からの報告があるので、服用中はグレープフルーツおよびそのジュースの摂取は控えるべきである。
その他の第3世代免疫抑制剤
マイコフェノール酸(商品名:セルセプト)アメリカの製薬会社が開発した免疫抑制剤。タクロリムスの補助薬として使われることが多い。
以上、簡単ではありますが、ここまでは術後に処方される経口薬(口から飲む)免疫抑制剤の進歩の歴史について述べてみました。
ここからは、手術前後の短期間に点滴にて投与される、超急性の拒絶反応を抑制する薬剤について述べてみたいと思います。
ATG(ヒトに対するウサギ由来の抗体)
移植手術の5日前から、一日あたり5時間を掛けて点滴投与される。
手術に備え、患者のT細胞の活動を抑制する結果、免疫力を大きく低下させることが出来る。
超急性の拒絶反応の抑制に効果大。
バシリキシマブ(商品名:シムレクト)
日本では2002年に使用承認を得た点滴の免疫抑制剤。
手術中および術後4日目に点滴投与され、超急性拒絶反応をほぼ完璧に抑え込むことで知られる。
前述のATGに比べ、副作用がほとんど無いことが大きなメリットであるが、高価である。
日本の厚生省が定めた薬価は、一瓶(一回分)およそ30万円。これを2回用いるので、薬剤代の合計は約60万円となる。諸外国では、より高価に設定されている国が多い。
腎移植は1950年代から世界各地で実施され始めましたが、その当時は有効な免疫抑制療法が確立されていなかったため、ほとんどのケースにおいて、術後まもなく患者の腎機能は廃絶してしまいました。
その後、1960年代に第一世代と呼ばれる免疫抑制剤が登場したものの、当時の免疫学の知識では、複雑な拒絶反応に手探りで対応せざるを得ないのが実情でした。
やがて1960年代〜70年代にかけて第二世代の免疫抑制剤であるシクロスポリンが登場し、医療としての腎移植が加速することになりましたが、免疫細胞の活動を完全に把握するまでには至らず、なかには悲しむべき結果を見た患者さんも少なくはなかったようです。
しかし今日では、上に述べたように長足の進歩を遂げた各種の免疫抑制剤の登場と、免疫学の発展により、腎臓移植のみならず、心臓・肝臓・肺の移植も、ほぼ安心して受けられ時代となりました。
特に、科学者の情熱と使命感によるたゆまぬ研究の結果、移植手術実施前に患者とドナーの相性を正確に見極めることが出来る免疫学上の知識を得て、かつ超急性拒絶反応をほぼ100%抑え込むシムレクト等の薬剤が登場してからは、臓器移植の成績が飛躍的に向上することとなりました。
ここで、免疫抑制剤について、ほかの話題を一つお話しします。
腎臓移植に限らず、あらゆる臓器移植をお受けになるには、歯と歯茎の健康がとても大切です。理由は、移植手術後に服用する免疫抑制剤にあります。
虫歯や歯周病があると、免疫抑制剤の作用により症状が悪化する可能性があり、その結果として雑菌が繁殖して全身状態が悪化することがあります。
移植外科医のなかには、歯科医のクリアランス(同意)を得ないと手術に向けた最終のゴーサインを出さないことすらあり、かつ移植術前に行われる様々な事前検査のなかには、歯の状態のチェックとクリーニングが含まれているのが一般的です。
虫歯や歯周病は短期間では治りませんから、手術前になって慌てることがないよう、臓器移植を検討されている患者さんは、日ごろから歯や歯茎の衛生状態に気を配るべきでしょう。
●私どもは2021年以降、日本人患者さまに移植手術を施してくれる海外の医療機関と患者さまを結び付け、臓器移植の勧誘や仲介、また、あっせんや調整といった活動をすることは行っておりませんので、一般情報はお伝えできても、具体的なコーディネーションをすることはしておりませんが、これから海外にて腎移植をお受けになることをお考えの方々には、過去の経験に基づいた的確なアドバイスを差し上げられると確信しております。
当会では海外の医療情報提供のみならず、渡航先での通訳や、現地で調理する和食を中心とした毎日の食事の差し入れ、さらには買い物や衣類の洗濯といった、患者さまが渡航先で安心して快適に過ごせるように、さまざまな役務サービスを提供しておりますので、ご相談やご質問等がおありでしたら、下記までなんなりとお気軽にお問合せください。